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大阪地方裁判所 昭和38年(レ)126号 判決

控訴人 荻野房子 外二名

被控訴人 松上真太郎 外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人ら代理人は、

「原判決を取り消す。

控訴人らに対し、

被控訴人松上は別紙目録〈省略〉記載の各土地について、大阪法務局吹田出張所昭和三五年七月五日受付第六五七七号を以てなされた各所有権移転登記

被控訴人岸本は別紙目録記載の各土地について、同法務局同出張所同年一一月七日受付第一一〇〇三号を以てなされた各所有権移転登記

の各抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする」

との判決を求め、

被控訴人ら代理人は主文同旨の判決を求めた。

控訴人ら代理人は、請求の原因として、

「一、控訴人荻野房子は訴外小林芳松の養女訴外ツワヨと訴外脇田良平との間に出生した長女、控訴人脇田克明はその長男、控訴人脇田嘉明はその二男であるところ、控訴人らの母である訴外ツワヨが訴外小林芳松の死亡前である昭和一三年一月一〇日に死亡していたので、訴外小林芳松が昭和三一年九月一四日死亡したことにより、控訴人らが同人の遺産を代襲相続した。

二、別紙目録記載の各土地(以下本件土地という。)は訴外小林芳松の所有であつたが、前項記載の相続により、控訴人らの共有となつた。

三、ところが、本件土地については、(一)大阪法務局吹田出張所昭和三五年七月五日受付第六五七七号を以て、昭和三五年一月二九日売買を原因として、本件土地の所有権を訴外小林芳松から被控訴人松上に移転する旨の登記、および、(二)同法務局同出張所昭和三五年一一月七日受付第一一〇〇三号を以て、昭和三五年一一月五日売買を原因として、本件土地の所有権を被控訴人松上から被控訴人岸本に移転する旨の登記が、それぞれなされている。

四、よつて、控訴人らは本件土地の所有権に基づき、被控訴人松上に対し前項(一)記載の、被控訴人岸本に対し前項(二)記載の各所有権移転登記の抹消登記手続を求めるものである。」

と述べ、被控訴人らの抗弁事実に対し、次のとおり述べた。

「(一) 被控訴人ら主張の事実中、元訴外上野政夫の所有であつた本件土地が、その主張の経緯で訴外小林芳松の所有となりその旨の所有権移転登記がなされたこと、被控訴人ら主張のとおり、弁護士北村巖が小林芳松相続財産(以下単に相続財産という。)の管理人に選任されたこと、及び、被控訴人ら主張の大阪地方裁判所に提起された訴訟が職権調停に付され、その主張の日時にその主張のような内容の調停が成立したことは、いずれもこれを認めるが、訴外小林芳松と訴外上野ハツネとの間に本件土地を贈与する旨の契約が締結された事実を否認する。

(二) 仮に、右贈与の事実があつたとしても、本件土地は農地であるから、その所有権移転については農地法三条の規定により大阪府知事の許可を受けなければならないところ、これについてはかかる許可はなかつたから無効であるし、又右調停条項を被控訴人らの贈与の主張と比較してみても、両者は当事者、所有権移転の原因、日時等を全く異にするから、これを以て贈与に対し大阪府知事の許可に代わる調停が成立したということはできない。

(三) 前記調停の成立により、相続財産と被控訴人松上との間で本件土地の売買、ないし、所有権移転の合意がなされ、これについて家庭裁判所の許可があつた旨の主張は、いずれもこれを否認する。

(四) 仮に前記調停により、相続財産と被控訴人松上との間において本件土地の売買又は所有権移転の合意がなされたとしても、右合意は、いずれもその実質がないのに、あるかのように装い、両当事者が通謀してなした虚偽の意思表示によるものであるから無効である。」

被控訴人ら代理人は、請求原因事実をすべて認め、抗弁として、

「(一) 本件土地を含む農地は、元訴外上野政夫の所有であつたが、昭和二二年七月二日、訴外小林芳松が自創法による売渡しを受けてその所有権を取得し、昭和二五年五月六日、これによる所有権移転登記を受けたものであるが、訴外小林芳松は、日時は明らかでないが、右移転登記を受けた後、その内縁の妻訴外植田ハルの子で訴外上野政夫の妻である訴外上野ハツネに本件土地を贈与する旨の契約を結んだが、これについて農地法三条による大阪府知事の許可を受ける申請手続も所有権移転登記手続もしないでいるうち、訴外上野ハツネは、昭和三二年四月一日、訴外金子壮太郎との間で、本件土地、及び、訴外上野政夫所有名義の他の農地並びに山林を売渡す契約を結び、かつ、本件土地を含む農地については、一年以内に大阪府知事の許可を受ける申請手続をした上、同人若しくはその指定する第三者にその所有権移転登記手続をすることを約し、ついで、被控訴人松上は、同年六月二日、訴外上野ハツネの同意を得て、訴外金子壮太郎より右売買契約上の買主たる地位を金一、〇〇〇、〇〇〇円で譲り受けたところ、訴外上野ハツネは前記約定を履行しないまま、同年七月一〇日死亡し、同人の長女上野敏子が相続によりその地位を承継したが、これ又右の手続をしなかつた。

(二) 一方訴外小林芳松は、これより先昭和三一年九月一四日に死亡したが、同人の相続人が不分明であつたため、弁護士北村巖が昭和三三年一月二〇日大阪家庭裁判所より同訴外人の相続財産管理人に選任された。

そこで被控訴人松上は、同年五月二一日、右相続財産及び訴外上野敏子を被告として、本件土地を含む前記買受農地全部の所有権移転登記手続等請求訴訟を大阪地方裁判所に提起し、右訴訟は同庁昭和三三年(ワ)第二二四四号として係属したが、昭和三四年五月二日職権調停に付せられ、同庁昭和三四年(セ)第一三号所有権移転登記手続調停事件として、同年一二月二三日次のような内容の調停が成立した。

(1)  相続財産は、大阪家庭裁判所の許可を条件として被控訴人松上に対し、別紙物件目録記載の農地(本件土地)につき売買を原因とする所有権移転登記手続をすること。

(2)  前項の手続が完了した時は、相続財産は、道路公団より受領する高速道路用地買取代金二、三八一、五八〇円の内より上野敏子に対し金一、三五〇、〇〇〇円を、被控訴人松上に対し残額全部を支払うこと。

(3)  相続財産管理人の報酬及び相続財産管理費用は被控訴人松上並びに訴外上野敏子の折半負担とする。

(4)  被控訴人松上と相続財産及び上野敏子間には、本調停条項に定めるものの外、互に何らの債権債務なきことを承認する。

右調停は、その前提として、前項記載のとおりの経過により、本件土地の所有権が既に被控訴人松上に帰属していることを承認し、権利関係の現状を直截簡明に表現するため、右各条項のとおりの内容で成立したものであつて、前記贈与及び売渡しについても知事の許可に相当する効果を包含するものである。

そして、相続財産管理人北村巖は、右調停に基づき大阪家庭裁判所に相続財産処分許可審判申立をなし、昭和三五年一月二九日その許可を受けたので、被控訴人松上は控訴人ら主張のとおり本件土地の所有権移転登記手続をなし、その後被控訴人岸本に本件土地を譲渡するとともに、その所有権移転登記手続をしたものであるから、被控訴人らのした本件土地の各所有権移転登記は適法かつ有効である。

二、仮に右主張が認められないとしても、前記調停成立によつて、相続財産と被控訴人松上との間に家庭裁判所の許可を条件とする本件土地の売買又は少くとも所有権移転の合意がなされ、これについて右裁判所の許可があつたものであるから、これに基づいて相続財産管理人北村巖がなした本件土地の所有権移転登記、及び、被控訴人両名間になされた所有権移転登記は、いずれも有効である。」

と述べ、控訴人らの再抗弁事実を否認した。

証拠〈省略〉

理由

一、控訴人荻野房子は訴外小林芳松の養女訴外ツワヨと訴外脇田良平との間に出生した長女、控訴人脇田克明はその長男、控訴人脇田嘉明はその二男であること、訴外ツワヨが昭和一三年一月一〇日に、訴外小林芳松が昭和三一年九月一四日にそれぞれ死亡したことにより、控訴人らが訴外小林芳松の遺産を代襲相続したこと、元訴外上野政夫所有の本件土地が、被控訴人ら主張の経緯で訴外小林芳松の所有となり所有権移転登記がなされたこと、並びに、本件土地について、控訴人ら主張のとおり、被控訴人らに対する各所有権移転登記がなされていることは、いずれも当事者間に争いがない。

二、よつて先ず被控訴人松上の、本件土地所有権取得の有無について判断する。

(一)  成立に争いのない甲第一号証、乙第四号証及び原審証人金子壮太郎の証言により真正に成立したと認められる乙第五乃至第八号証、並びに原審証人浅海敦、同金子壮太郎の各証言、原審被控訴人松上本人尋問の結果を総合すれば、本件土地の元所有者訴外上野政夫が昭和二一年に死亡した後、朝鮮から引き掲げてきた訴外小林芳松が、内妻である訴外植田ハルと共に訴外上野ハツネ(植田ハルの実子で上野政夫の妻)方に居住しているうち前示のとおり本件土地の所有権を取得したものであるが、訴外植田ハルは引揚げ後中風に罹り、又訴外小林芳松も老衰で、看病のため訴外上野ハツネに一方ならぬ世話をかけていたような事情から、訴外小林芳松は、昭和三〇年頃、本件土地を訴外上野ハツネに贈与する旨の契約を結んだこと、訴外上野ハツネは生活の必要から、昭和三二年四月一日、訴外浅海敦を代理人として訴外金子壮太郎に対し、本件土地を含む農地合計三反四畝一七歩を代金額六五〇、〇〇〇円として、山林(代金額一五〇、〇〇〇円)とともに売買する契約を締結し、右代金のうち金四〇〇、〇〇〇円を受け取り、その際右農地の移転については一年以内に大阪府知事の許可を受ける申請手続をした上、同訴外人若しくはその指定する第三者に対し所有権移転登記手続をする旨約束したが、同訴外人は農地の所有権を取得する適格を有していなかつたので、同年六月二日、被控訴人松上に金一、〇〇〇、〇〇〇円で右売買契約上の買主たる地位を譲渡したことをそれぞれ認めることができ、右認定を左右するに足る証拠がない。

右認定事実によると訴外小林芳松と訴外上野ハツネ間の贈与、訴外上野ハツネと訴外金子壮太郎間の売買及び訴外金子壮太郎と被控訴人松上間の買主たる地位の譲渡は、いずれも債権契約として、農地法三条による知事の許可(右許可は、所有権移転のための法定条件であるにすぎない。)がなくても有効に成立するといわなければならない。

(二)  そこで、被控訴人ら主張の調停によつて、右農地法三条の許可にかわる要件が具備されたかどうかについて検討する。

訴外小林芳松の相続人が不分明であつたため、弁護士北村巖が、昭和三三年一月二〇日大阪家庭裁判所より相続財産の管理人に選任されたこと、被控訴人松上が同年五月二一日相続財産並びに訴外上野敏子(同女が訴外上野ハツネの長女として同訴外人の遺産を相続したことは、控訴人らにおいて明かに争わないところである。)を被告として、本件土地を含む買受農地全部の所有権移転登記手続等請求訴訟を大阪地方裁判所に提起したが、右事件は職権により調停に付され、昭和三四年一二月二三日相続財産は、大阪家庭裁判所の許可を条件として、被控訴人松上に対し、本件土地につき売買を原因とする所有権移転登記手続をすること等の条項を内容とする被控訴人ら主張どおりの調停が成立したことは、いずれも当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第三号証、乙第一号証の一乃至三、同第三号証、及び、原審証人金子壮太郎、当審証人北村巖の各証言、並びに、原審被控訴人松上本人尋問の結果を総合すれば、訴外上野ハツネおよび同人の相続人である訴外上野敏子が訴外金子壮太郎との間の約旨に反し、本件土地の譲渡について大阪府知事の許可を受ける申請手続も、所有権移転登記手続もしなかつたので、被控訴人松上は前示のとおり本件土地を含む農地の所有権移転登記手続等を求めるため訴訟を提起したものであり、本件調停は民事調停法による農事調停であることが認められ、かつ、右調停を成立させるに当たり、本件土地の所有権を移転する旨の債権契約が前示認定のように、順次締結されている事実が考慮された結果、被控訴人松上が相続財産に対し、本件土地の所有権移転登記手続請求権並びに前示知事に対する許可申請を求める請求権を有することを認めた上、これを直截簡明に解決するため、前示の条項を明記したことが窺知されるところであつて、相続財産と被控訴人松上との間には、売買でない有償の所有権移転行為があつた旨の当審証人北村巖の証言部分も、これを同証言の他の部分と対比すれば、必ずしも右認定の妨げとはならないし、他に右認定を覆えすに足る証拠がない。

ところで農地法三条一項五号によると、民事調停法による農事調停によつて農地の所有権を移転する等の調停が成立した場合は、これについて知事の許可を要しないとされているのであるが、農地の所有権を移転する旨の債権契約が順次締結されていた場合に、その過程をすべて調停の内容としてその条項に明記する必要がなく、明記された調停条項や、他の証拠から考えて、当事者及び農事調停委員会がその前提たる権利関係の変動を承認したことが窺知されるような場合は、これにより右変動につき知事の許可を要しないものと解するのが相当である。けだし農事調停も私法上紛争を解決する一つの手段としてなされるものである以上、当事者間において争いの対象となつた事項のうち、当事者が既判力又は債務名義を欲する事項についてのみ、互譲により一致した合意の内容を調停条項として明記すれば足りるからである。

これを本件についてみるに、本件調停条項自体からこれをみれば、相続財産が、大阪家庭裁判所の許可を条件として、被控訴人松上に対し売買を原因とする本件土地の所有権移転登記手続をする義務があることを認めているだけであるが、前示認定のように、本件調停手続においては、調停成立の前提として、本件土地の所有権が調停当時既に被控訴人松上に移転したことを承認した上、紛争を簡明に解決するための事後処理としての登記手続について、相続財産に対し右のような所有権移転登記手続をなす義務を認めたものと解されるのであるからその前提となつた訴外小林芳松から被控訴人松上に至るまでの贈与ないし売買に基づく所有権の移転については、いずれも右農事調停が成立したことにより、大阪府知事の許可がなくても右許可に代わる効果が生じたものというべきである。

(三)  しかして成立に争いのない甲第五号証の一乃至三乙第二号証の一乃至三及び当審証人北村巖の証言によれば、本件調停による本件土地の所有権移転登記手続義務を履行するため、相続財産管理人北村巖が、昭和三五年一月六日、大阪家庭裁判所に対し相続財産許可処分審判の申立をしたところ、同月二九日同裁判所が申立どおりの審判をした事実を認めることができ、右認定を覆えすに足るなんらの証拠がない。

(四)  そうすると、右調停および審判に基づき被控訴人松上に対してなされた本件土地の所有権及びその移転登記手続は有効であるというべく、その後訴外小林芳松に相続人のあることが明らかになつても、右結論を左右し得ないことは、本件調停によつて相続財産管理人が新たにその財産たる本件土地を譲渡したものではなく、訴外小林芳松並びにその相続人において当然なすべき義務を履行したものである点からしても、又、民法九五五条但書の規定によつても明白であるから、控訴人らは訴外小林芳松の相続人として本件土地の所有権を取得し得ないといわねばならない。

三、してみると、本件土地の所有権を有することを前提とする控訴人らの被控訴人らに対する本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく失当であり、これを棄却した原判決は結局相当であつて、本件控訴は理由がない。

よつて本件控訴を棄却し、控訴費用の負担について、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 下出義明 寺沢栄 喜多村治雄)

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